永嶺重敏『〈読書国民〉の誕生』読了。中央活字メディアの受け手としての〈読書国民〉への変容を理論的な(=アンダーソンの『創造の共同体』の)水準で終わらず、実証する手つきにうならされる。

 特に雑誌の到着を待ち焦がれる地方読者の声から「意識圏と現実世界とのこの距離感の大きな落差は、雑誌到着のわずか数日間の遅れも耐えがたいものと感じさせるほど地方読者の焦燥感をかきたて、『不自由のない都』と『地方の愛読者』との間に広がる現実の距離を否応なく意識化させることになる」(p. 44)という分析、あの時代、地方に派遣された多くの小学校教員と中央メディアとの関わりを考える上で示唆に富むものだと考える。

 とはいえ、特に音読/黙読をめぐる考察において、第二部と第三部がどう結ばれているのか……。