金曜の輪読会×3が終わって、ぼちぼち再稼動。江戸期の言語学習に向けられた欲望をリサーチ。しかし、その欲望のありさまをどうやって同定しよう? 文献を読んでるとイメージは湧くのだが、しかしとある言説がどれほどポピュラーだったか(共有されてたか)をきちんと示すのには明治期よりも難しいのではないだろうか…。


 ありがちな方法とそれに対する脳内反論。

  • 当代の思想家の言語活動に対する欲望から追う→その思想家の位置価を追うと相当限定的にならざるを得ない。そもそも「本にこう書かれていた」→「世の中みんなそう考えた」では、愚民観もいいところでしょう。
  • 当代の(学事奨励に関する)法令集から欲望を跡付ける→そりゃ為政者の側はそうかもしれないけど…。

 民衆の言語活動に対する欲望(あるいは必要)をどう跡付けるか、という問いへ、私の問いはブレイクダウンできそうです。