文法 第二回

 きょうは宮腰センセーの「話し言葉と書き言葉」を読み、言語のダイナミクスについて解説。授業展開としては、前時の復習→教材読解→要旨の板書→解説、といった感じ。教材の読解では、以下の発問と解説を加える。

  • 「この文章は、物語と説明文、どちらに近いか」→どちらの要素もあることを確認させ、この文章が随筆というジャンルに分けられることを確認。
  • 「この文章では中学校での体験談が書かれています。どこからどこの段落までがそうでしょう。時間を表す言葉に注目して考えなさい」→随筆なのだから、イイタイコトをさがすことが大事だと述べた後、では、どうそれをつかむかを解説。髄質では自分自身の体験談が説明文の具体例にあたると述べ、筆者の体験談をさがせばイイタイコトが見つかると考え、体験談の部分を絞らせる。
  • 「では、文章のまとめ、つまりイイタイコトにあたるところはどこだろう」→指示語などに注目させ、要旨を見抜く。


 要旨を200字で板書。中1の書き写す遅さに「やっぱ鍛えないとなぁ」と思いつつ、解説。


 「話し言葉と書き言葉」という教材のおもしろいところは、手紙を書いたら話し言葉に書き言葉的な硬い語彙が入ってきてしまい、話し言葉がかわっていった点。前時の「2ちゃんねる」の文法の話をふりかえり、外的要因が言語使用を変えてしまうという点で「2ちゃんねる」と手紙は同じ位置にあること、だから言葉はダイナミックなもので、静的な《正しい言葉》などは存在し得ないことを指摘。でもそれを言うことで、私自身の首をしめつけるんだよ、だって、私は文法という授業のもと、言語使用にはこういうルールがあるということで、まさにいま批判した《正しい言葉》を教えようとしているじゃん(っていうか教えるし)。「では、どうして私は(どうして「国語」教師として)文法なんか教えられるんだろうね? 私って何者? 次回はそのあたりのことを詳しく考えて生きましょう」と言い捨て、授業終了。


来週はいよいよ明治期の言語状態から国民国家論的な話へと移り、いよいよ文法の授業を始めます。